BANDAGE THE KNIFE NOT THE WOUND
by Adam Broomberg & Oliver Chanarin

BANDAGE THE KNIFE NOT THE WOUND<br>by Adam Broomberg & Oliver Chanarin

BANDAGE THE KNIFE NOT THE WOUND
by Adam Broomberg & Oliver Chanarin

2026 - 04 - 30

Photography:
Toru Oshima
Edit:
Sohei Oshiro

2026 - 04 - 30

BANDAGE THE KNIFE NOT THE WOUND<br>by Adam Broomberg & Oliver Chanarin

InstagramなどのSNSの興隆により、誰もが簡単に写真を撮れ、自由に発表出来る時代になった。社会は多様化を極め、「フォトグラファー」を名乗っただけのエセ写真家が活躍できる時代になった。そんな一般人やエセ写真家による表層的なイメージが横溢する時代において、真の写真家に出来ることや担う役割はなんなのだろうか。そして、どのような写真を撮るべきだろうか。

その答えを探るためには、彼らに話を聞かなければいけないと思った。
アダム・ブルームバーグ&オリバー・チャナリン。ロンドンを拠点に活躍するアーティスト・デュオで、2003年に発行した『Ghetto』を皮切りに、これまでに16冊の作品集を発表し、世界中のギャラリーやミュージアムで数多の個展を開催している。隔離された人々のドキュメンタリー『Ghetto』、監視用のカメラを利用したポートレイト『Spirit is A Bone』、ブレヒトのアプロプリエーションによる『War Primer 2』……彼らが手がけるプロジェクトは、どれもが明確で鋭いコンセプトを持ち、現代における写真の可能性を拡張し続けている。

今回は彼らの最新プロジェクトである「Bandage the knife not the wound」の作品の一部を掲載するとともに、そのプロジェクトや彼らの写真論について話を伺った。

VOSTOK(以下、V)

イタリアの雑誌『COLORS』の編集者であったお二人が、写真家/アーティストに転身するきっかけはなんだったのでしょうか?

Adam Broomberg(以下、AB)

『COLORS』を始めたころ、インターネットなんてものはなかった。デジタルとかオンラインとかいった世界で忘れられている場という概念がまだあったんだ。あの雑誌を始めたときは、北イタリアにあるベネトンの工場の近くのオフィスで編集作業をしていた。世界中からその土地土地の知識をフィードバックしてくれる、若いジャーナリストたちの広いネットワークを使ってね。カラースライドの写真が僕たちの机を行き来して。オリビエーロ・トスカーニの指導のもとで何号か発行したあと、自分たちのディレクションで雑誌を作ることにしたんだ。写真も自分たちで撮り始めてね。ちゃんとした訓練を受けたことはなかったから、自分のやり方を心得ているフォトグラファーを仕事として招聘することで問題を解決したんだよ。ちょっとずるいけどね! 最初のころから、僕ら二人のコラボレーションはあの雑誌の一部だったし、誰がどの写真を撮るかということについても、僕たちはあまり気にしてはいなかったんだ。原作者が誰かは、常にあいまいだった。

V

イタリアの雑誌『COLORS』の編集者であったお二人が、写真家/アーティストに転身するきっかけはなんだったのでしょうか?

AB

『COLORS』を始めたころ、インターネットなんてものはなかった。デジタルとかオンラインとかいった世界で忘れられている場という概念がまだあったんだ。あの雑誌を始めたときは、北イタリアにあるベネトンの工場の近くのオフィスで編集作業をしていた。世界中からその土地土地の知識をフィードバックしてくれる、若いジャーナリストたちの広いネットワークを使ってね。カラースライドの写真が僕たちの机を行き来して。オリビエーロ・トスカーニの指導のもとで何号か発行したあと、自分たちのディレクションで雑誌を作ることにしたんだ。写真も自分たちで撮り始めてね。ちゃんとした訓練を受けたことはなかったから、自分のやり方を心得ているフォトグラファーを仕事として招聘することで問題を解決したんだよ。ちょっとずるいけどね! 最初のころから、僕ら二人のコラボレーションはあの雑誌の一部だったし、誰がどの写真を撮るかということについても、僕たちはあまり気にしてはいなかったんだ。原作者が誰かは、常にあいまいだった。

  • 1/4
  • 2/4
  • 3/4
  • 4/4

V

写真家で二人組みという構成は珍しいと思います。二人であることが、どう作品制作に作用しているのでしょうか?

AB

僕らのコラボレーションはもう20年にもなる。そのあいだに、たくさんのことが変わったよ。今はそんなに張り詰めた感じじゃない。ありがたいことにね! 住んでいる国も違うし、それぞれのスタジオを同時に回している。そうすることで、より成熟し、堂々としていられると思うんだ。二人とも威厳をなくしてしまったことが何度かあってね。環境や写真技術の変化が、僕らがデュオとしてどのように活動するかというダイナミクスを変えていったんだ。あいまいに聞こえるかもしれないけど、この質問に対するストレートな答えはないんだよ。魚に水というもの、つまりどこにでもあって、かつどこにもないものの概念を問うようなものだからね。僕らはずっと一緒にやってきたんだ。

V

活動初期はドキュメンタリーの手法を取っていたあなたたちが、徐々にコンセプチャルな方向にシフトしていったのはなぜでしょうか?

AB

その変化は、徐々に募っていった写真への疑念と、写真を撮るという行為に隠された兆しから起こったんだ。特に、イメージがドキュメンタリーとして制作されると、被写体がその結果に及ぼす影響は限られているから。自分たちが、カメラを通して単純に世界を見ているのではないことはわかっていた。ただ真っ正直すぎたんだ。だけど、意識下で働く人種的、社会的、ジェンダー的な偏見といった、写真技術に組み込まれたイデオロギーについてさらに深く考えるようになると、それはもっと複雑なものになっていった。この好例が、初期のカラーフィルムだね。あとで明らかになったんだけど、このフィルムは白い肌をベースにつくられたもので、黒い肌をちゃんと表現することができなかった。ジャン=リュック・ゴダールはこれを差別フィルムと呼んだんだ。この人種と写真の話が、僕たちに警鐘を鳴らした。とりわけ、南アフリカ出身の白人としてね! だけど、写真というものはいつだってコンセプチュアルなんだ。イメージづくりを活性化するという考えが、いつだって根底にあるのだから。

V

これまでに十数冊の作品集をリリースしてきたお二人ですが、そのどの作品集もが異なる明確なコンセプトの元作られておりますね。そのコンセプトはどのように決めているのでしょうか?

AB

準備が整ったときに湧き上がってくるのさ。

V

今回小誌に掲載した最新プロジェクト『BANDAGE THE KNIFE NOT THE WOUND』にかける思いやコンセプトについて詳しく教えて頂けませんか? また、このプロジェクトも行く行くは一冊の作品集になるのでしょうか?

AB

これは自分たちのハードドライブの発掘調査みたいなものだよ! 僕たちのスタジオには何世代ものハードドライブがあって、いくつかはもう動かないし、今のPCには繋げられないんだ。そこに何が入っているかは、もうわからない。そこで、そのデジタルファイルのアーカイヴに照準を定め、僕たちのあいだでそのファイルを行ったり来たりさせた。イメージの文脈をまったく無視したかたちでレイヤリングしてね。人生のいろいろな場面で異なるプロジェクト用に撮られた写真を寄せ集めた、奇妙でシュールなフォトモンタージュなんだよ。写真が文化的、感情的、政治的または金融的に流通する上でのソースコードを見つけるべく、僕たちは長年、写真というメディアを科学捜査的に、あるいは偏執的と言われるくらいに、調べ上げてきた。
『BANDAGE THE KNIFE NOT THE WOUND』は、自分たちにとってまだ意味を成すひと握りのイメージについて、じっくり考察したもの。死体安置所で撮ったパゾリーニの横顔や、警察のマニュアルからスキャンした空間に落下する無名の人、ヒットラーの風呂に入るリー・ミラーをとらえたデヴィッド・シャーマンの写真といった、消去されるのを拒み、僕たちがやり取りする中で新しく生まれ変わり続けるイメージだよ。
印画紙が入っていた段ボール箱を広げ、それを背景にして、何層ものレイヤーに仕上げることで再生したんだ。チープでたやすく手に入るこの材料につけられた工業的な折り目や目打ちに沿ってイメージを切断することで、アルゴリズム的で使い捨てでき、かつてないほどオリジナルとかけ離れた、デジタル時代におけるイメージの生命上の危機といったものを示しているんだ。

V

作品集とプリント(あるいは展示物)の扱いの違いをどう捉えていますか?

AB

書籍は手に入れられるもの。家に置いておける。プライベートな体験だね。ギャラリーは、複雑で、非常に観念的な場所のひとつ。アーティストのブライアン・オドハティは1971年にこう言っている。「展示スペースの中では、普通の声を上げることはない。誰も笑わず、食べず、飲まず、横たわらず、眠らない。病気になることも、狂気に襲われることも、歌うことも、踊ることも、セックスすることもない……。陰もなく、白くてクリーンで人工的なその場所は、美のテクノロジーに捧げられたものなのだ。アートはある種の永遠性の中にある。目や心は歓迎されているのに、その場にある身体は迎え入れられない。感情は消費財へとその姿を変えられるのだ」。写真をわざわざ額に入れて、そんな場所に展示することにどんな意味がある? 展覧会をするときには、それを頭に入れておかなくてはならないね。

V

Instagramなどのソーシャルメディアが流行し、誰もが簡単に写真を撮れ、発信できる時代になっています。その中で写真家が担うべき役割とはなんだと思いますか?

AB

この問題には、ふたつの極端な反応がある。ヴァーチャル世界にさらにどっぷりのめり込み、そこに留まること。もしくは、あえてフィジカルな世界に残り、物としてその写真を守ること。

V

これまでに写真やアートの分野においても、数多くの表現技法が確立されてきました。いち表現者として「もうやり尽くされているのではないか」という脅迫観念にかられることはないのでしょうか?

AB

毎日さ!

  • 1/2
  • 2/2

Adam Broomberg & Oliver Chanarin

アダム・ブルームバーグ(1970 – )とオリバー・チャナリン(1971 – )によるアーティストデュオ。ロンドンを拠点に活動し、国内外の美術館にて作品を発表する。2013年、写真集『War Primer 2』にてドイチェ・ベルゼ写真賞を、2014年には、写真集『Holy Bible』にてICPインフィニティアワードを受賞する。作品は、テートモダンやMoMAなどの著名な美術館に所蔵されている。

VOSTOK   1(2019年3月25日発売)より転載
See Also